第三章

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 伊原は家に誘ってくれたがあれは単なる社交辞令で、それをのこのことついて来てしまったりして、迷惑に思っているのではないか。酒に酔っていたとは言え、少し図々しかったかもしれない。だけど、ここまで来てしまって今さらやっぱり帰ると言い出すのもかえって変だろう。槇は浅はかな自分にうんざりして、伊原に気づかれぬようそっと溜め息をついた。一歩前を歩いている伊原をちらりと仰ぎ見ても端正な顎のラインが見えるだけで、何を考えているのかなどわかるはずもない。  さらに数分歩いたところで「ここ」と伊原が呟くように言った。顔を上げると二階建てのコーポがあった。まだ新しい感じで、蜂蜜色のタイル貼りの外観が洒落ている。  一階の一番奥の部屋の前に立つと伊原は鍵を開けた。 「入れよ、散らかってるけど」 「……お邪魔します」  扉を支えている伊原の横をすり抜け玄関に入り、ぎこちなく革靴を脱ぐ。後ろでかちゃりと鍵をかける音がした途端、槇は背中から抱きすくめられていた。
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