第三章

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 それは槇にしても同じだった。伊原の匂いは否が応でも学生時代のあの狂おしいほどの飢えにも似た感覚を蘇らせる。髪を優しく梳かれるだけで感じてしまう。伊原は首筋や頬、額に短い口付けを落としていく。思わず漏れた吐息をキスで塞がれ、槇は伊原の背中に縋りついた。ゆっくりと口の中全部を確かめるように、伊原の舌が撫でてゆく。何度も角度を変えてはくまなく探られ、それだけで息があがってしまう。  しっかりと閉じていたコートのボタンはいつの間にか外され、スーツの上着を割りたくし上げられたシャツの裾から大きな手が入ってくる。直に触れる指先はひんやりと冷たく、槇の肌を粟立たせたが丁寧にさするように腹や胸を撫でられているうちにやがて同じ体温になった。  伊原は口付けを離さないまま、槇に身体を押し付ける。伊原が昂ぶっているのが槇にもわかった。 「ま、待って。ちゃんと、服脱ぐから」 「あ、ああ。ごめん、俺焦りすぎだよな」  槇は身体を起こすと震える指でコートと上着を脱ぎ、ネクタイを解きシャツのボタンを外した。伊原も槇の脚を跨いだままの姿勢で慌しくジャケットを脱ぐと中に着ていたセーターとカットソーもがばりと脱ぎ捨てる。  脱いだ服をベッドの下に落とす時、槇は見たくないものが視界に入り思わず目を逸らした。ベッドサイドに無造作に置かれたローションやゴム。 ――他にも、誰かをこのベッドで抱いてるんだ。
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