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髪をやさしく撫でられる感触に、ゆっくりと目覚めていく。
「ん……?」
「……おはよ」
目の前には蕩けるような伊原の笑顔。カーテンの向こう側から漏れる朝の光が髪を淡く染めている。槇はぼんやりと薄靄のかかった視界でその姿に見惚れていた。
ずっと、このまま過ごせるのなら他には何もいらない――。
そんな事をつらつらと考えているうちにやっと槇は自分の置かれている状況に思い至り、一気に覚醒した。
「えっ……あ、ご、ごめん! 俺、つい寝ちゃって……っ!」
泊まるつもりなんかなかったのに。壁に掛けられている時計に目をやると七時を過ぎている。わたわたと起き上がろうとする槇を伊原が自分の腕の中へと抱き込み、留めた。
「いいよ、別に。今日休みなんだろ?」
「休みだけど、でも」
「じゃ、もうちょっとこのままで……」
うなじの辺りに鼻をこすりつけるように顔を埋める伊原。
気付けば体は綺麗に清められていて昨晩の激しい情交の痕跡はないし、シーツも新しいものに取り替えられている。槇はいたたまれない気持ちになった。
そんな事にも気付かないほど熟睡していたなんて。
薬を呑まずにこんなに安らかに眠れたのは一体何日ぶり、いや何ヶ月ぶりだろう。それどころか、昨晩はいつも頭の隅にこびりついて離れない病気のことや、会社のことがすっぽりと抜け落ちていた気がする。
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