第四章

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 予定よりも少し早く打ち合わせが終わり、槇はエレベーターホールでエレベーターを待ちながら携帯を開いた。見ると伊原からのメールが入っている 『いつものところ、七時でOK?』  素っ気無い文面だが、槇にとってそれは何物にも変えがたい幸福の時間を与えてくれる、一番嬉しいメッセージ。愛しさのあまりつい、携帯の画面を指で撫でてしまう。いろいろと伝えたい気持ちを抑えて「了解」と短く返した。 「恋人からですか?」  急に声をかけられて慌てて振り返ると、いつからそこにいたのか、鹿賀が立っていた。 「あ、いえ。そういうのでは……」  にやけながら携帯を眺めていたのだからそう思われても仕方ない。バツの悪さに口ごもる。 「そうだ。電話番号の交換がまだでしたね」  鹿賀は胸ポケットから携帯を取り出した。 「あ、先ほどお渡しした名刺に」 「あれは、社用ですよね。そうじゃなくて、僕はそっちの番号が知りたいな」  今まさに見ていた携帯を指差されてしまえば、もちろん断ることもできず、番号を口頭で伝えた。 「あぁ、さすがに携帯電話会社の人の番号だ」  鹿賀は、親指でテンキーを押しつつ感心している。やはりこの人は聡い人なのだ、と槇は思った。  社内の人間はプライベート用の携帯を購入する時でも大抵、一般の利用者からは敬遠され余っている番号を宛がわれることが多い。槇の番号も御多分に洩れず末尾が四二(死に)だ。そんな些細な事にすぐ気づき、あまつさえその理由を瞬時に推察できる人間はそう多くないだろう。  鹿賀はその場で槇の携帯を鳴らした。 「それ、僕の番号です。今度、飲みに誘ってもいいですか?」  仕事のことで話をする分には話し易くていい人なのは有難いが、プライベートの付き合いにまで発展させるのはちょっといやだな、と思いつつも曖昧に笑って答えた。
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