第五章

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「高専の時の寮のクリスマス会、憶えてる?」 「ん、あったな。ヤローばっかなのにやたら盛り上がって」 「そうそう。あの時も、みんなでプレゼント交換したよね。俺、最後の年は傘を買ったんだけどさ」  寮生が集まってクリスマス会を催すのも寮祭と並んで恒例行事になっていた。五年生の時、もう何を買ったらいいのかわからなくなって駅前のデパートをうろうろしていたら店先に飾られていた傘に一目惚れしてしまった。鮮やかなブルーで端に白い雪の結晶の模様がちらほらと入っていて、柄の部分も木製で洒落ていた。予算は一人五百円と決まっていたのに、もうこれでいいや、と随分予算オーバーなのにその傘をプレゼントに選んだのだ。  「自分が気に入ったものを誰かも気に入って使ってくれたらいいなと思ったけど、やっぱり後から気になって。自分用に同じものを買おうと思って店に行ったらもう売ってなくて後悔したんだ。……あはっ。自分がほしいものなら自分が持ってれば良かったのにバカだよね」  すでにシャンパンを空けてしまった伊原は、槇の話に微笑みを浮かべながら、コップに日本酒を注いでいる。今日はいつもよりピッチが早い。槇もつられて飲んでしまい、ほろ酔いだ。 「でも、クリスマス会の日にその傘を受け取った子……たぶん一年生か二年生だったと思うんだけど、傘を見た瞬間喜んでくれてたからその笑顔だけで十分かなぁって」 「マキらしいな」  ぼそりと呟くように言って、伊原は優しく目を細めた。思わずとろんとその顔に見惚れてしまいそうになるのを堪えて槇は言葉を継いだ。 「伊原は何を出したか憶えてる?」 「なんだったかな、もう憶えてねーや」 「そっかぁ……」  あの頃、槇は伊原には別にプレゼントを贈ろうかと悩んでいた。結局はそんな勇気はなかったけれど、今となってはそれもほろ苦い思い出の一つだ。そう考えるとこうやって差し向かいに座って鍋をつつき、酒を酌み交わしごく自然にプレゼントを渡しあえる今の状況は、本当に夢のようで。  恋人同士のような甘い時間が伊原からの何よりのクリスマスプレゼントだった。
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