第五章

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 翌日、目が覚めたのは昼近くになってからだった。昨晩ベッドの上で伊原がなかなか槇を離そうとせず散々に翻弄されたおかげで、疲れ果てたっぷりと眠ってしまった。  槇を抱き枕のようにして眠っていた伊原に「おはよう」とキスされて、なんだかまたそういう雰囲気になりそうなのをなんとかすり抜けてバスルームに逃げ込んだ。伊原に求められるのは嬉しいけれど、朝の健康的で爽やかな空気の中で淫靡な行為に及ぶのは恥ずかし過ぎていたたまれない。  シャワーを浴びてさっぱりすると、持ってきたシャツとジーンズに着替えた。いつもは、伊原に「もっとゆっくりしていけ」と言われても自分にけじめをつけるためにそそくさと帰っていたが今日は事前に、「ちゃんと私服持ってこい」と厳命されていたのだ。コートは荷物になるので、普段通勤にも使っているコートの中で一番カジュアルなもので出勤していた。それでもいつもより荷物が多いことを不審に思ったのか西から「お泊り?」なんてにやにやしながら聞かれて誤魔化すのに苦労した。 「何、これ? マキどっか悪いの?」  カバンの口からのぞいていた薬の袋を伊原が掴み上げている。その光景に槇はさぁっと血の気が引いた。慌てて伊原の手から奪い取るとカバンの奥に隠すように押し込む。
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