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「あ、うん……。ちょっと、その風邪気味で熱があったみたいだから……。全然大したことないんだけど一応病院行ったらなんか薬いっぱい出してくれて」
咄嗟に誤魔化したが、疚しいあまり饒舌になってしまう。
「風邪ぐらいって馬鹿にしてたら長引くぞ。ちゃんと治るまでは無理すんなよ」
「うん、そうだね。気をつける」
伊原はそれ以上、槇を問い質すでもなくバスルームへ向かった。
幸せすぎて気が緩んでいた――。
槇は唇を噛み締めた。
本当に昨晩は楽しくてこのまま時間が止まってしまえばいいとさえ思った。それなのに、自分の些細なミスで台無しにしてしまうところだった。夢から醒めたように、甘い気分が一転してずしりと重く冷たい塊になって槇にのしかかる。
自分がこんな病気を患っていることを絶対に知られてはいけない。伊原にだけは知られたくない。男としての矜持だとか同情は絶対にされたくないだとかいろいろ理由は浮かぶけれど。結局は、伊原を失ってしまうことへの恐怖だった。
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