第六章

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第六章

 伊原との週一度の逢瀬は、その後も穏やかな雰囲気のまま続いた。一緒に食事をして他愛もない会話をして、そしてセックスをして。槇は伊原の腕の中ではぐっすりと眠れた。伊原に身体をくったりと預けて、その温もりに包まれていると本当に安らかな気持ちになって、眠りに落ちることができた。  反面、伊原に会えない日は以前にも増して眠ることができなくなっていた。会社から寮に帰り、寮の食堂で一人で食事を摂り一人で風呂に入り、ベッドに入る。周囲は同年代の男ばかりの独身寮だが、ほとんどが槇の勤める携帯電話会社の親会社である電話会社の社員なので、交流は全くと言っていいほどない。大勢の他人に囲まれていると、より強く孤独を感じさせられた。  明かりを消した部屋で横になり、ぼんやりと天井を眺めていると伊原が隣にいない寂しさ、切なさが身に沁みた。そして、眠れぬまま考えることといえばやはり伊原のことばかりで。槇は自分がいつか、束の間の幸せに首までどっぷりと浸かる余り、「好きだ」と口走ってしまうのではないか、と懼れていた。それでなくとも言動や眼差しや振る舞いから伊原に対する想いが本人にバレてしまうのではないかと不安に駆られることがある。もし気づかれてしまったら、こんな歪んだ関係はあっけなく終わってしまうだろう。伊原が槇の気持ちに気がつく事がなくても、甘い蜜月がいつまでも続くわけはない。伊原に捨てられる時、自分は今度こそどうにかなってしまうかもしれない。そんな事ばかり漫然と考えて眠剤に頼る毎日が続いた。
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