第六章

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 三月の終わりになると、少しだけ変化が訪れた。伊原の商品開発部への異動が決まったのだ。今までの修理担当から実際に“ものづくり”ができる現場へ。いわゆる昇進ではないけれど、伊原のかねてからの希望が叶った形だ。当然、伊原はその異動を大変喜んだ。槇もそんな伊原を心から祝福した。  工場での作業が仕事の主体だった頃はカジュアルな服装で通勤していたが、きちんとしたスーツを身に着けるようになると伊原の男前はさらにあがった。槇との待ち合わせ場所にももちろん伊原はそんな凛々しい姿で現れ、槇をうっとりさせた。仕事へのやりがいを感じ自信に溢れる伊原はきらきらと眩しいほどで、槇はさらに伊原が手の届かない遠い存在になってしまうような気がした。  それに比べて、と槇は自分を顧みる。鹿賀の会社とのプロジェクトを無事終えて、少しばかり今の仕事に対して自信をつけていたのに、そのあと岩本から言いつけられたのは以前のとおりの雑務だったのだ。細かい仕事を言い付けられてもくさったりせず地道に黙々とこなしてはいたが焦燥感は募る。  どんどんと先へ進んでいく伊原と一歩も進めずに足踏みばかりしている自分。差は開くばかりだ。
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