第六章

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 その日も、槇は一人残って残務処理や報告書の作成を行っていた。課内直通の外線電話が鳴ったのは午後八時過ぎの事。槇が出ると少し慌てた様子の鹿賀からだった。 『あぁ、槇くん。まだいてくれて良かった』  電話の向こうで安堵の溜め息。何か問題があったのだろうか。嫌な予感が頭をよぎる。鹿賀とは社内システムが完成して引渡しを行ってから何度か質問や細かい仕様の変更等でやり取りがあったものの、最近はそれも落ち着いていた。デパートの営業が終了したばかりのこの時間帯となると、不具合の可能性が高い。 「鹿賀さん、何かありましたか?」 『いや、実はね……』  やはり危惧したとおり、トラブルが発生したので至急来てほしい、ということだった。年次資料を試しに出してみようとしたところ、データの一部に異常がでたというのだ。  システム開発の担当者は無論、テストやレビューを繰り返し行う。だが、その時点で徹底的にバグを潰したとしても、クライアントに引渡し実際に稼動を始めると、その環境になってみないとわからない想定外の事態が起こる。仕様書レベルでの矛盾が表面化することもある。そういった、潜在的バグが顕在化した疑いが濃厚だ。  槇はとりあえず途中まで仕上げた資料を保存して、急いで鹿賀の元へ向かうことにした。ちら、と担当SEに同行を求めるべきだろうか、と考えた。槇は直接システム開発に携わった訳ではない。開発や実際にプログラムを組む担当とクライアントの間で調整を図る、いわば取りまとめ役のような存在だ。だが槇自身、プログラミングの知識もそれなりにあるし何度も担当SEの元に足を運び細々とした調整を行ったので内容についてはそれなりにわかっている。結局は、まず実際の状況を確かめてからのほうがよいだろうと判断した。もしなんらかの不具合が出て手に負えないようだったらまた連絡を取ってアドバイスをもらうなり直接足を運んでもらうなり頼めばいい。
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