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「鹿賀さんのことは好きです。お話していても楽しいし、僕の事をわかってくれてる。連れて行ってくれる店は洗練されていて出てくる料理もとても美味しい。だけど、僕は伊原と行く居酒屋のざわついた雰囲気や脂っこい料理のほうがいいと思ってしまう。自分でも何がどうしてそうなってしまうのかわからない。うまく説明できないけど……とにかく、伊原じゃないと駄目なんです」
槇は、顔を上げまっすぐに鹿賀の目を見た。鹿賀は痛そうなつらそうな顔をしている。
「ごめんなさい。僕は、鹿賀さんとは付き合えません」
今日、車に乗る時からずっと言おうと決めていた言葉をやっと口に出せた。槇は身体を強張らせたまま鹿賀の言葉を待った。
「わかってたんだけどね、こうなることは……」
鹿賀は両手で自分の顔を二、三度擦るとすっかり吹っ切れた様子だった。
「僕はもともと、恋愛の対象は男性だった」
いきなりの告白に、槇は少しどきりとした。
「元婚約者の彼女は、いつも自分の美貌やバックグラウンドでちやほやしてくる男達に囲まれていたから、僕みたいに靡かずそっけない態度をとる男が新鮮だったんだと思う。好意を寄せられて、交際を申し込まれた時、つい打算が働いてしまったんだ。ゲイという事を隠しながら世間とうまく折り合いをつけて生きていくことがどれほどつらいことか、君にもわかるよね? 僕は女性には恋愛感情は持てないけど、抱くことはできる。だから、つい逃げを打った。自分を好きだといってくれる人ととならうまく穏やかに暮らしていけるのではないか、ってね」
そこで槇ははっと気づいた。いつか鹿賀が自分に向けて言った言葉と同じだ。
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