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「ここで結構です」
結局、鹿賀の車で伊原の家の近くまで送ってもらった。
「家までは送らせてくれないんだね」
商店やビルが建つ大通りで車を停めたことで、伊原の家までまだ距離があるのだと気づいたのだろう。鹿賀は寂しげに笑った。
伊原と暮らすあの部屋を鹿賀に見せるのは、なんとなく気が引けた。だけど、もう何を言っても言い訳にしかならないだろう。
「さようなら」
シートベルトを外すために、腰の辺りに伸ばした手を鹿賀に掴まれた。鹿賀はその手を引き寄せ、手の甲に唇を寄せた。温かく柔らかい感触を残し、離れていく。拒む隙もない、あっという間の出来事だった。
ちりっと胸が痛む。鹿賀に触れられるのがイヤだったのではない。伊原以外の人間に触れられる事に抵抗を感じる自分に気がつくと同時に、そんな自分に好意を寄せてくれた鹿賀に申し訳ない気持ちがこみあげたのだ。
「君が、ちゃんと伊原くんと向き合えることを祈っているよ」
鹿賀と別れ、暗い道を一人、伊原の部屋に向かって歩く。その道すがら考えた。
もう一度、伊原に寮に戻りたいとちゃんと伝えよう。ずるずるとこんな生活続けていてもお互いダメになってしまうだけだから。自分に甘えて、伊原に甘えて。そんなことをしていても一歩も前に進めない。
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