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第二章
数日後、仕事を終えた槇は逸る気持ちを抑えて、待ち合わせ場所であるターミナル駅の中央コンコースに向かった。
――もうすぐ伊原に会える。
そう思っただけで自然と足早になる。あの日電話をもらってからずっとふわふわとした夢心地が続いていた。最近では西に「槇ちゃんが笑顔の大安売りしてる」と言われるくらいだ。
約束の時間より十五分ほど早く着いてしまったが槇は全く気にしなかった。これまで何日も今日のことを思い描いて待ったのだ。あと十分たらずで伊原に会えると思えば、なんということはない。
ところが目印の金の時計台に着いて、驚いた。何気なく辺りを見回したら、見覚えのある横顔が目に留まったのだ。既に伊原が来ている。槇は一瞬その場に立ち竦んでしまった。遠目にも、相変わらず人目を引く容姿。ミリタリー風の厚手のジャケットに細身のジーンズ。肩にはメッセンジャーバッグ。どれもごくシンプルな物で何気ない装いなのに、まるで計算しつくされたかのような着こなし。ワイルドな顔立ちにもよく似合っている。
駆け寄って抱きついてしまいたい衝動をぐっと堪え近づくと、すぐに伊原も槇に気づいた。どんな顔をすればよいのかわからず表情を強張らせた槇に、目を細めて優しく微笑みかけてくれる。それだけで胸が高鳴った。
「よぉ、久しぶり」
「久しぶりだね」
伊原は、あの頃よりも年を重ねた分だけ大人になっていた。醸し出される雰囲気が少し角がとれて丸くなっている気がする。だが、それでも十分魅力的なことに変わりはない。むしろ、あの頃よりも槇を惹きつける男に成長していた。
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