第四章

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第四章

「IT推進室の鹿賀(かが)です。よろしくお願いします」  地元を中心にいくつかの店舗を展開する、老舗百貨店との新プロジェクトの初打ち合わせ。  さすがサービス業界の人間、と思わせる鹿賀の優しい物腰や立ち居振る舞いに、槇はほっと胸を撫で下ろした。これから何ヶ月間か、何度も打ち合わせを繰り返すことになる相手なので、なるべくなら穏やかに話し合えるような人物が担当であることを祈っていたのだ。  槇は押し頂いた名刺を改めて確認して、驚いた。そこにはIT推進室の室長と書かれている。まだ三十台半ばといった感じなのに、余程のエリートかIT関係の業務に精通しているのだろうか。  主査の岩本から今回のプロジェクトの話を振られたのは、つい先日の事だ。槇はここ数ヶ月の間、病気を理由に裏方での資料作りや、サポート的な雑務ばかりをこなしていたが、調子もよさそうだしそろそろ対外的な仕事にも復帰していい頃だろう、というのが主査の見解だった。  人間の性格がちょっとやそっとで変わるわけはない。相変わらず槇は人見知りのままだし、交渉や折衝事は苦手だ。通院や投薬もまだ続けている。でも、そんな事を岩本に説明しても仕方のないことだろう。岩本の病気に対する無理解だって相変わらずなのだ。わかろうとすらせず、自分の保身ばかり考えている人間に何を言ったって結局は無駄だ。  それに、病気のことを理由に仕事を与えられないのもイヤだが、病気を理由に「やっぱりできないのか」と思われるのは何よりイヤだった。ましてや、苦手な仕事を押し付けられたからと言って、できませんと突っ撥ねるなどという事は絶対にしたくなかった。  一方で、最近調子が良くなっているのも事実としてある。理由は呆れるほど簡単で、伊原と会うようになったからだ。  伊原と週末ごとに会い、一緒に食事をする。それから一緒に伊原の家に行って抱き合い、朝一緒に目覚める。そのおかげで槇は一週間の疲れを癒しリフレッシュすることができていた。気分が悪くなることも減ったし、パニック障害の発作もおさまっている。  兎にも角にも、この仕事をうまくこなせれば、自信にも繋がりひいては病気も治っていくのではないかと槇は密かに期待し、気合をいれていた。
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