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母が死んだ。すい臓がんだった。なんだか最近食欲ないね。痩せたんじゃないと言われた時にはもう遅く、向日葵だって枯れそうな炎天下の日に死んでいった。    全てが終わってようやく一息ついた頃にはもう夕暮れ時だった。 「姉さん。母さんさ」  髪を解いて、喪服を脱ぐために自室へ行こうとすると弟に呼び止められた。ひどく暑い。着物など夏に着るものじゃない。夏用だから涼しげに見えるが、実際は灼熱地獄だ。 「母さんが何?」 私は多少いらいらしながら言った。とにかく暑い。疲れた。”伝統ある家”の冠婚葬祭くらい不毛で面倒なものはない。一刻も早く喪服を脱ぎたかった。 「一度失踪したよな」 「……」 「覚えてない?」 覚えていないはずがない。あの日は雪が降っていた。積もりそうな気配なのにすぐそこだからと傘も持たずに買い物かごを下げて出ていき、三日帰ってこなかった。そして四日目に何事もなかったように帰って来た。本当に何事もなかったように。まるで小一時間買い物を済ませて今帰ってきたかのように。五年前だった。 「なんで。急に」 「誰も母さんに空白の三日、聞こうとしなかった」  いらいらする。あつい。 「あのさ」 「あの時ほど母さんが怖くなった時ってなかった。俺の方がおかしくなったかと思った。あの三日は俺の妄想で、あれから小一時間しか経ってなかったんじゃないかって錯覚しそうに」 「何が言いたいの」 「いや別に。ただ、思っただけ。あの三日だけ誰も母さんを知らないって。年中誰かに見張られてた母さんが唯一だれも知らない時だった」 「……」 馬鹿なことをとは言えなかった。老舗の呉服屋に嫁いだ母は常に誰かしらのそばにいた。家族かご贔屓筋か商売相手か。外出でさえ誰か知り合いの目に映っていた。呉服屋の嫁だからといつも和服を着ていたせいだ。 「母さんって完璧だったけど。いい意味で。幸せだったかはわかんないな」  絵が見つかったのはそれから一週間後のことだった。
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