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カムイの旅立ちを祝した宴は深夜まで続いた。祭壇が運び込まれたチセには、振る舞われた酒や料理の匂い、イオマンテリムセやユカラを披露した民の熱が未だ残っている。そこへ、ウパシが誰にも告げずにひっそりと忍び込んできた。
祭壇へ向かう足元の木の床がギッ、ギッと軋みを立てる。ロルンプヤラから射し込むほの白い月明かりが、今夜中目を背けていたものを照らし出していた。
古老達の手によって解体され、ウンメムケを終えたマラプトである。
カムイが与えてくれた毛皮を剥ぎ、切り離した頭部はヘペレコソンテと呼ばれるイナウルで丁寧に飾られて台座に祀られていた。
次第に闇に慣れてきたウパシの瞳がそれを映すと、晴れぬ胸に去来したのはペウレプカムイとなり神々の国へ戻った姿ではなく、家族同然に育てた子熊との懐かしき思い出だけだった。
ヤマブドウが好物で籠に入れて持って行き小屋へ近づくと、両の前脚を上げて喜んだ。寝つきが悪く何度も鳴き声に飛び起きた夜もある。そんな日は決まって丸く大きな月が浮かんでいた。月が明る過ぎるのかと、隠すように小屋の前へ座ってやれば、やがてうつらうつらと頭を揺らし始め眠りにつく。格子の隙間に手を差し入れ、その背中を撫でてやった。少しぼさぼさとした毛並みの感触と温かな体温は、ウパシの心にぽっかりと開いていた穴をじんわりと塞いでくれるようだった。
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