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「社長、それでは今まで本当にお世話になりました。どうぞお元気で」
「……ああ」
形式どおりの挨拶をした私へ返ってきた返事は、いつもと同じ短いものだった。
こーいう人なのよね……この人。
長年勤めてきた自分の部下が辞めるというのに、最後の労いの言葉さえ無い。
知っていて七年もこの人の元で働いた私も私だわ、とつくづく思う。
内心ため息をつきながら、目の前の人を見やる。
広々としたオフィスの中心に鎮座しているのは、でんと無駄にでっかい重役机。
そこに座って書類を眺めているのは私の直属の上司、三嶋 尚吾(みしま しょうご)だ。
いや、もう今日で終わりなんだから元上司ね。
人が挨拶してるっていうのに、何で書類ばっか見てるのよ。
せめて目くらい合わせなさいよ。
いくら顔が良いって言っても、態度がこれではね。
失礼極まりないんだけど。
それでもこの人は私が勤務しているソフトウェア会社「三嶋システム」の社長だったりする。
そこそこの規模があり、年商何億かは稼いでいる業界内では名の知れた企業だ。
三嶋社長は、大学卒業後一からこの会社を立ち上げたバリバリの敏腕社長で、手腕もさることながらその容姿も注目され、雑誌の取材がくるほどである。
まあね、確かに外見は整ってるわ。
彫りの深い顔立ち、少しキツめの切れ長の瞳。まさに仕事人といった細めフレームの眼鏡が知的だし、長身だからスーツがすごく似合ってるのは認める。私も最初会った時はいい男だなと思ったわ。でも、なんだか無機質なのよね。この人。
他人に興味が無いっていうかね。そもそもあまり感情を表に出す人じゃないし。
彼とは仕事以外の話をした事が無かったから、余計に人間味を感じられないのかもしれない。
私はこの人の秘書を、およそ七年に渡り勤めてきた。
どうして七年なのか。どうして今辞めるのか。
表向きは「キャリアアップの為」ということになっているけど、本当のところはやはり「結婚」だった。
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