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「あまり、気持ちを言葉にするのは、得意じゃない」
ここでも私はクスクスと笑ってしまった。
「仕事ではあんなに能弁なのに?」
社の重役との会議や他社とのもろもろの催しなどでも、この人が雄弁に語る姿は誰しも目にしているはずだ。
確かに感情を表に出す人ではない。それはこの七年で十分知っている。
けれど、口達者かそうでないかといえば、答えはNOだ。
若き経営者たちに疎まれやすい重鎮の古狸相手さえ、彼は論破してしまうほど饒舌なのだ。
なのに、女一人口説くのに言葉が出ないなんて、絶対嘘だと思う。
「本当に、一体何が目的なんですか?社長」
「目的?」
「そうです。それとも、使い慣れた『仕事道具』を手放すのがおしくなりましたか?でも私ぐらいなら、他にも代わりはいると思いますが」
「道具……」
私を引き止める理由があるとすればこれくらいだ。
それにしたってやり過ぎ感は否めないが。
「俺は、君にそんな風に見られていたのか」
そう言って、視線を落とした三嶋社長は、まるで気落ちしたかのようにがっくりと肩を落とし―――
……。
肩を落とし!?
って、ええええええ?!
何この人凹んでるの!?
「あ、あの社長……?」
恐る恐る彼の顔を覗き込む私に、ばっと顔を上げた三嶋社長の視線が刺さる。
あれ……何か顔が、恐い?
そう思った瞬間には、すっと伸ばされた腕が私の身体をどんっと押した。
―――え?
「きゃっ!」
ぼすん、と音を立ててベッドのスプリングが軋み、反動で一瞬体が浮いた。
それと同時に、私に覆いかぶさる彼の身体。今度は真正面に彼の顔を見ながら、私は固まっていた。
これって、この状況って……っ!
焦りが心を駆け上がり、思わず非難の言葉を浴びせようとした。
……けれど。
向けられた視線に、ぐっと言葉を飲み込んだ。
仕事では見たことのない、熱い視線。
じっと見つめるその瞳は、綺麗な黒なのに火傷しそうなほど熱が篭っていて。目が離せなくて、互いに見つめ合う形になる。
なん、で。
この人が、私にこんな顔、してるのよ―――っ。
無意識に上がる自分の体温に、くらりとする。
そして息がかかるほど近い距離で、彼の薄い唇がゆっくりと開いた。
「道具なんかじゃない。俺が欲しいのは、傍に居て欲しいのは、君だ―――」
そう言って、彼は私に二度目のキスを落とした。
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