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「……すまなかった。少し、度が過ぎた」
言いながら、私の方へ彼が手を伸ばす。
思わずびくりと身体が強張り、それを見た彼が微笑みながらも眉尻を下げた。
普通の人ならこれは、「申し訳なさそうな表情」というのだろう。
伸ばした手が、私の目元に触れ、指先が目尻から何かを掠め取る。
それが涙だったと気付いたのは、もう片方の瞳から一粒、雫が落ちたのを感じたからだった。
「理解していて欲しい。俺は、君が思っている様な男じゃない。ただ普通に、離れて行こうとする君を追いかける、君に惚れているだけの、ただの男だ」
少しだけ悲しそうに微笑んで、彼がそっとベッドから離れた。
そのままゆっくりとバスルームへと歩いていく。
私はその様を、ただ呆然と、眺めていた。
◆◇◆
――――本当に。
本当に『そう』だったなんて。
まさか思わなかった。
考えた事など無かった。微塵も。
あの人に、自分が好意を持たれているだなんて。
幾度も会話はした。それは仕事の話ばかりを大量に。
プライベートな事など、聞かれた事もなければ、話した事もない。
笑顔を見せてくれた事も無かった。私も見せた事など無かった。
だって仕事だもの。日々分刻みで追われる激務。笑っている暇など、無かった。
やり手と言われ、業界でも名の知れた企業のトップであるあの人の視界に、どうして自分が個人として映っていたなどと思うだろう。
パソコンやコピー機みたいに、使用するツールの一つだと認識されていると。
そう、思っていた。
だけど。
向けられた視線の熱さが。
存在を確かめるように触れる掌が。
貪るようなキスの深さが。
そうでは無かった事を、私に教えた。
なぜ彼が、一介の秘書を拉致し、監禁まがいの事をしたのか。
なぜ、辞めたはずの私と、再び契約を交わしたのか。
なぜ、傍で眠ることを求めるのか。
――――なぜ。
「嘘、でしょ……」
熱くなる頬を、両手でぎゅっと押さえながら、私は一人呟いた。
彼がシャワーを浴びる僅かな水音だけが、扉越しに室内に響いていた―――
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