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会話が済んだのか、彼が携帯電話から耳を離し机に置いた。
ふうと一息ついてから、背もたれへと身体を沈める。そして一瞬考え込むような仕草を見せると、すぐにまたカタカタとパソコンのキーを叩き出した。
ただ仕事をしているだけなのに、その一連の動作に色めいたものを感じてしまうのは、今朝彼にされた、啄ばむようなキスのせいだろうか。
今朝の口付けは、これまでの深いものとは違い、付き合い立ての恋人達が交わす様な、甘く触れるだけのものだった。
それを思い出すと、なんだかむず痒い様な、頬が熱くなる様な気がした。
彼の横顔に今朝の出来事を思い出していると、突然、三嶋社長が振り向き驚く。
「っ!」
不意打ちの動作に慌てて顔を下げてももう遅い。
束の間合わさった視線に鼓動が大きく跳ね上がっていた。
バレた―――?
内心のパニックを悟られないように、不自然は承知で無言で仕事しているフリをする。
じっと見つめてくる彼の視線を感じながら、キーを叩いてみるけれど、指先が震えているせいか上手く打てず、意味不明な文字が羅列されてしまう。
何してるんだろう。私。これじゃあ意識してるのバレバレじゃない。
それを慌てて消していると、くすりと笑う気配で空気が揺れる。
え、と思わず顔を向けると、三嶋社長がこちらを見つめながら微笑んでいた。
「……可愛い」
そう告げる彼の顔はどこか嬉しそうで。
眼鏡の奥で細められた瞳も、うっすらと弧を描いた唇も、真っ直ぐ私へと向けられていて。
言われた言葉に、火が点いた様に顔がかっと熱くなる。
「な、何を……っ」
ぱくぱくと口を開け閉めしながら羞恥で固まる私に、三嶋社長は小さな笑い声をまた零す。楽しそうに、嬉しげに。
彼を意識してしまっている事、見つめていた事、それを知られている事に、恥ずかしさで一層鼓動が早く大きくなった。
「……嬉しいんだ。君の反応が」
そう言いながら笑みを浮かべる彼を見て、私は自分が甘く蕩ける罠に嵌ってしまった様な、そんな気がしていた。
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