ホワイトバレンタイン

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「3番さんカタメン一丁!」 ポニーテールを揺らした三女・実希のはつらつとした声が店内に響く。 店名をプリントした白い割烹着は凹凸少なくすらっとした彼女を形取り、狭い店内をぴょんぴょん跳ねながら食券を受け取っては厨房に伝える。 「カタメン一丁!はーいカタメンっと」 次女の咲希は開けた厨房の真ん中、といってもカウンターに面して大きな鍋だけが備え付けられているスペースに仁王立ちしている。 慣れた手つきでもくもくと湯気を上げる鍋に深ザルをかけると、左手で一玉分の麺を掬い取り、軽く解きながら入れていく。 鍋の先には12個のタイマー。すでに時間がセットしてある。 カタメンとバリカタが4つずつ、普通が3つ、ヤワメンが1つ。だいたい客の注文の頻度と一致している。 「6番空いたよー!次のお客さんどうぞー」 ピンクの不織布でテーブルを拭きながら厨房と待合椅子に交互に声をかけるのは長女の由希だ。 実希よりは凹凸がある割烹着で、猫背になりながらテーブルを拭くが、チラチラと厨房の端に目が行く。 一応はこの店の店長。溜まりはじめた洗い物が気になってはいるが、要領よくどっちも出来はしないのが彼女らしさである。 希麗軒はこの3姉妹が切り盛りするラーメン屋だ。 座席はカウンターのみ15席、注文は食券制、営業時間は11時から昼休憩を挟んで21時まで。 少ない座席は昼食時にはいっぱいになり、あふれた人は大通りの手前まで並んでいた。 「10番さん替玉バリカタで! それと8番さんのテーブルの高菜切れてるから誰か補充して!」実希はポニーテールを揺らし。 「高菜はウチが補充しとくけん、実希は次の人5番に通してー!」由希はあわてるあまり素の方言を出しつつ長めをストレートをつば付きの帽子に仕舞いこみ。 「はい替玉お待ち。由希ねぇついでに2番さんの前のお冷足してー」ショートの咲希はマイペースだった。 「分かったけどちょっと待ってて」 「それあたしがやるから由希ねぇは高菜!」 「はいぃい~~」だいたい由希の断末魔が名物となる希麗軒の昼である。
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