musica dystopia

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「おめえもどうだ? おごるぜ」  グラスをすすめてきた大男に首を振る。お前は自分のグラスを掲げて見せた。中身はオレンジジュースだ。 「俺はヤニもアルコールもやらん。やるのはあれだけだよ」と、ステージを指したとき、マスターがスイッチを操作し、幕が上がる。「もっとも、俺のはちょっと違うが」  ステージをライトが照らし、目映さに目を眇めたお前の耳に爆音がなだれ込む。  ハイハット、バスドラ、スネアが奏でるエイトビートの土壌をベースが踏み固める。リズムギターが骨を作り、リードギターが肉と皮を成す。  ボーカルの咆哮に呼応するように、整地された聖域をケモノは疾走するのだ。  彼らは音楽をしている。  セブンスエイプスはこの街でただひとつのロックバンドである。当然、彼らのほかにも楽器を弾けたり歌える者はいるが、公にバンドを名乗っているのは彼らだけなのだ。誰も好きこのんで、国に目をつけられたくはない。  四十をすぎた男たちが少年のような目をして奏でて、歌っている。お前はどうしてこんなに楽しいものが禁止されたのか理解できない。  煙とアルコールのにおいに内心で辟易しながらもここに通う理由だ。  そうだ、メロディーはここにある。 「そこまでだ」
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