musica dystopia

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 ライブも終盤に差しかかったころ、ステージの反対側にある入り口のほうから男の声がした。マスターの迅速な対応で幕が降り演奏が止む。片づける慌しい音が幕の向こうから漏れ、対照的に悠然とした足取りで男が入ってくる。その場の全員の視線を一身に浴びても、いっさい動じない。  男は革靴とグレーのチェスターコートにポーラーハットを被り、顔には大げさなガスマスクを着用している。 「なんてこった」  お前の隣で大男がため息をつく。  ガスマスクの男は懐から手帳を取り出しマスターに提示する。 『一般財団法人 健全社会奨励協会 調査部 吾藤翔太郎(あとうしょうたろう)』とあった。  健全社会奨励協会とは社会の健全化の名のもとに禁煙法の制定とともに設立し、喫煙、飲酒、音楽に関しての捜査権限まで有している法人である。三つの禁止法で取り締まる人数が膨大だったがゆえの政府の措置であり、これは調査とは名ばかりで実質的には摘発だ。 「有害物質が漂っているので、このままで失礼する。調査に来たが、これはクロのようだな」 「なんのことかね? 我々はここで談笑していただけです、言いがかりはやめていただきたい」
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