musica dystopia

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「はい、すみませんでした」  お前は口だけで謝って、学生証を見せる。吾藤はコートの内側から撮影デバイスを取り出し、学生証を撮影した。店の奥の客から順番に持ち物検査を始めた。  大男は声をひそめる。 「きっとまたそのうち会うぞ。この国は狭いんだ、ぼくたちは音楽で繋がってる」 「そのうちというか、一週間もかからないと思うけどな」  お前はにべもない。協会が知らないだけで、まだほかに似たような酒場はあるのだ。 「オイオイ、そこは涙目でサムズアップだろ?」  そんなことは当然、大男も承知の上だった。友情ごっこをしたかっただけだ。 「すんません、親指はあるけど涙は出ないんで、えーっと、こうっすか?」  立てた親指で床を指す。 「違う違う、それ逆。――まったく、ひねくれやがって。さっさと行け行け」  お前は大男に背を向けて、サムズアップしてからひらひらと手を振って店を出た。  禁煙法も禁酒法も煙草や酒類の販売や所持を禁止する法だ。吸うのも呑むのも黙認されており、現物を所持していれば没収されるだけで罰金や刑罰はない。そもそも刑罰を設ければ刑務所はたちまちパンクするだろう。  音楽禁止法は楽器の販売、所持と演奏に果ては歌唱を禁止している。歌唱や演奏は罰金が科せられてもいる。セブンスエイプスはそれでも歌い、奏でていたのだ。
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