2542人が本棚に入れています
本棚に追加
「っ、は、はっ…はっ、は……ぁ……」
布団を撥ね退けるように上体を起こし、荒い呼吸を整える。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、汗ばんだ髪を掻き上げながらベッドを下りた。
タオルと替えの下着を掴み、シャワーを浴びるべく浴室に向かう。
嫌な夢を見た。
忘れてしまいたいのに、この体に染み付いた穢れがそれを許してくれない。
「痛っ……」
傷口に熱いお湯が沁みて、はっとする。
腕に付けてしまった自らの紅い爪痕に、溜息混じりの苦笑を漏らす。
随分久し振りに、やってしまった。
もうすっかり治ったと思っていたのに。
忘れられない記憶なら、せめて暫くの間だけでいいから、硬く蓋をして。
でなきゃまたあの人に心配を掛けてしまう。
此処に居るのは、あんな記憶で自分を傷付ける為じゃない。
───笑ってごらん。
楽しい事を思い出して───
「…………うん……そうだね……」
鏡の中の自分に向い、笑みを作る。
だけど。
「……ごめん……」
此処ではもう、僕は誰にも笑わないと決めたんだ。
誰にも笑い掛けない。誰とも深くは関わらない。
それが自分で自分に課した決めごとだから。
最初のコメントを投稿しよう!