蠱惑

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しばらく無言の時間が続いた。 飲み物を飲むゴクリという音と、お皿がぶつかる カチャリという高い音だけが部屋に響く。 しばらく何も話さず大人しくしていた壱生くんが 巧くんの隣からふわりと席を移動して、 私の横に座り、力の抜けた口調で話しかけてきた。 「七海ちゃんは、旦那さんと手繋いだりする?」 なんだ突然。 突拍子もない話題の振り方だなと思いながらも 素直に答えた。 「うん、繋ぐよ。   私より旦那がそういうの好きなのかな…」 「そういうって?」 「うーん、スキンシップ?ほら、子ども産んだら  なんか夫婦っていうよりパパとママって感じに  なっちゃうんだけど、」 「うん、うん」 「そういうのだと、親友みたいになっちゃって、  手を繋いだりするのがけっこう恥ずかしく  なっちゃうわけ、」 「ふーん、」 「それでね、やっぱり好きで一緒に  なったんだから、そうなるの寂しいし、  パパとママになるために結婚したわけじゃ  ないから。  だからね、時々は手を繋いだりスキンシップ  とって恋人気分を忘れないようにしてるのかな  ……たぶん。」 「ふーん…」 「何でそんなこと聞くの?」 「あー、えっと、何でもない。  僕、ちょっとトイレ行ってくるね」 と言いながら、さっさとトイレに行ってしまった。 何なんだ、一体。 質問の意図が全く理解できずにいると、 ずっと黙って私の話を聞いていた巧くんが、 口を開いた。 「好きで一緒になったのに、時々、手を  繋がないと忘れちゃうのって悲しいね。」 ただの黒いガラス玉の様な瞳で私を見つめていた。 私は黒い瞳の奥に吸い込まれるように釘付けになったまま身動きが取れなくなった。 その瞬間、まるで魔法をかけられたみたいに時が止まってしまった。
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