煽動

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まだ、ぬるま湯のような幸せにどっぷり浸かっていた頃、 私は、これみよがしに、 「はぁ…」と長いため息をついた。 「ねえ、ねぇ、もういい加減さあ…  おっぱいの話するの、やめてくんない?」 「え?」 「何で?」 世間ではイケメンもて囃され、 数多の女雑誌の表紙を飾っては、 世の女性を悶絶させてるであろう二人は、 ぽかんと口を半開きにして、 実に間の抜けた表情でこちらを見ていた。 まったく、 オンとオフのギャップが激しい二人だ。 良くも悪くも、 年相応の男がそこにいるだけだった。 「えぇ?何でって聞くほうがおかしいでしょ」  「だって、真面目に話して…」 「真面目に話しても、  おっぱいはおっぱいなんです!    もう、中学生じゃないんだし…」 「でもさ、」 あぁ、また始まった。 セクシーの神に愛された男が当然のように真面目な顔で語り始めた。 この後、おそらく30分ほどは彼によって、真面目なトーンでおっぱいについての深い考察が語られるのかと思うと気がめいってくる。 完全に時間の無駄使いだ。 二人ともあんなにいい声なのに、その声をひたすら中2男子レベルの馬鹿話に使うなんて、あまりにもったいない。札束をトイレットペーパー代わりに使うくらい勿体ない。 そして、そのことを一ミリも惜しいと思わない二人が馬鹿なのだ。 またあちらで、 おっぱいがいっぱい! と、しょうもないオヤジギャグを言っては、笑い合う声が聞こえてきた。 私、ここにいる必要ない気がするんだけど。 私の人生の中の貴重な時間を返してはくれないだろうか。 このくだらない会話に費やされている間も、刻一刻と私の躰は老いていっているのに。 美容と健康を保つ時間に使われただろう時間を、こんな、わけのわからない時間に使われていると思うのは勿体ないと思っても罰は当たらない。 「もう、いい加減にしてよ!大人になりなさい!」とクラス委員長のようなセリフで怒鳴りたくなる衝動を抑え、目の前の小洒落た皿の上に飾られている、魅力的な料理の数々に舌鼓を打って、その衝動を消化していった。
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