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そして、その日の夜だ。
私は奇妙な夢を見た。
寝ている私の前に、何やら大きな影が現れる。その影は私の髪を掴んだらしい、と分かるがうまく反応できなかった。
――ズル、ズル、ズル……。
その影にそのまま引きずられる。
――ズル、ズル、ズル……。
私は必死に抵抗していた……多分。自分のことなのに何故か他人のような感覚だった。大きな影に引きずられ、泣きながら抵抗している私を、私はぼうっと眺めている。
同時に、うめき声のようないつも夜中に枯れ井戸から響くあの音が空いっぱいに響いていた。
そうして、不意に気づく。
――ああ、そうか。その音は、私の口から洩れていた。
そして、引きずられている私はその古井戸の底に落とされたのだ。
だから、今もあの井戸からはうめき声が……。
そう気づいた瞬間、「私」の意識もそこで途切れた。
その刹那。こちらへ優しく微笑む青年の姿を見た気がしたが……これもきっと気のせいだろう。
――あるところに一軒の廃墟があった。
古い枯れ井戸のある廃墟で、なんでも大昔この廃墟に住んでいた1人娘がこの井戸に監禁された後、亡くなったらしい。以来、この井戸からは夜な夜な女性のうめき声が響き、近づいたものは皆不審死を遂げるという。
そんな廃墟から出てくる1人の青年の姿があった。爽やかな風貌だがどこか影のある、少し疲れた雰囲気の青年だ。
青年は一瞬振り返り、廃墟の枯れ井戸のある方角を眺め、
「さようなら。次はどうか、あなたが彷徨いませんように」
最後にそう呟き、彼もその廃墟から姿を消した。
――その日以来、廃墟からは女性の悲鳴が聞こえなくなったそうだが……詳細を知るものは誰もいない。
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