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決意
今日は特別な日だ。
そう思いながら、私はいつもの時間にベッドを出た。
いつもと同じようにシリアルとコーヒーで朝食を取り、いつもと同じ時間に家を出る。いつもと同じ電車に乗り、いつもと同じ道を通って出社する。
いつもと同じ仕事をして、いつもの同僚といつもの店でランチ、そしていつもと同じように就業時間の終了と同時に席を立つ。
いつもの制服から、先週買ったばかりのワンピースへ着替え、靴を履き替える。いつもの楽なパンプスではなく、華奢でヒールの高い靴。
会社のトイレでメイクを直す。いつもより丁寧に。ファンデーションだけではなく、アイラインもシャドウも引き直し、リップもグロスも塗り直す。
髪の毛をコテで巻いて結い上げる。前からだけではなく横からも後ろからも綺麗に見えるように。
いつもは忘れてしまう香水をつける。左手首に一吹き、両手首をこすり合わせて、耳の後ろにも。スカートの裾にも軽く一吹き。
「あれ、里沙先輩。今日気合い入ってるじゃないですか。もしかしてこれからデートですか?」
「そうなの、久し振りなんだ」
「いいなぁ、もう彼氏さんとは長いんですよね。ひょっとして、そろそろ、とか?」
後輩がニヤニヤと小突いてくる。
「それはどうかなぁ」
「お、怪しい!」
「ご想像にお任せしますってやつ。じゃあね」
そう言って、私はトイレを出た。きっとこの後、私の寿退社の噂がじんわりと社内に広まるんだろうな、と経験から予想した。
でも、その噂はただの噂で終わる。
だって私は今日、彼に別れを告げるのだから。
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