1 事実と真実

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トイレから出てくると、通路に男性が立っていたが、特に気にも止める事無く通り過ぎようとした。 けど… 「……如月愛さん?」 自分の名前を呼ばれて思わず立ち止まり、振り返ってしまった。 「……ぇ…と…?」 白髪混じりの品の良い男性で、パッと見でも分かる高級スーツと、腕時計を身に着けていた。 「また始めたんだね。 あそこに座ってる連れの人は、客かな?」 「あの…?」 この時のオレは、この男性が何の話をしているのか、全くわからなかった。 「私の事、忘れちゃたのかな?」 男性は、背広の内側の胸ポケットから何かを取り出し、オレの前に差し出した。 反射的に受け取ったそれは、代表取締役社長と印刷された名刺だった。 「社長さん…」 「あのマンションでやってるのかな? また遊びに行かせて貰いたいのだが?」 ぁ…… こういうの…平和ボケ…て、いうのかな ちょと前のオレなら、直ぐに気づいただろ? 2,3歩後退った。 けど…もう遅い… 「オレ…そういうの……止めたんで…」 絞り出した声は、今にも消え入りそうで… ダメだ…もっとはっきり言わなきゃ… 「あっちの客は、いくら出したの?」 ほら…ダメだ…伝わって無いじゃん… ていうか、今、なんて言った? 「あっちの倍は出すぞ」 ぇ…何…? 「不満か? 君なら、これだけ出しても良い」 男は、オレの前に両の手の平を見せた。 この人は、何を言ってるんだ?
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