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部屋は、寒い。
布団のなかはあったかだろうけど。
わたしはそっと立ち上がると、眠る愛梨を気遣いながら部屋を出る。
ほのかに明るい短い通路を抜け、リビングに行った。
ほぼ夜は起きているタモツのために、リビングの灯りはずっと灯されている。
暗いキッチンに立つと、お湯を沸かした。
ぴかぴかと闇に光るやかんを見ていると、少しずつ気持ちがほぐれてくる。
日常だ。
……日常なのだ。
丸椅子に腰かけながら、暗闇の中で熱くなってゆくやかんを眺めた。
(岡田ハツが何者であるとか、わたしが何者になってしまったのか)
猫背になって、膝の上にひじをついて頬杖をした。ほんのりヒーターが効いて、台所は温かい。
タモツは仕事が一段落つくと、ここでコーヒーを飲むのだ。
寒いところじゃ落ち着かないだろ、と、言うのがタモツの持論である。
光熱費だのエコだの、独身貴族の男は考えないものだ。
(……そんなことは問題じゃないんだ。あれを見てしまったからには、そんなこと追求する気にもなれない)
さっきから、何度もあの特大級の闇の塊が頭の中に浮かんでいる。
ぐるぐると渦を巻き、凶暴そうな赤い目を光らせて、にやにやと嘲笑うような。
嘲笑っている。そいつは、運命を嘲笑っている。
……。
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