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氷が、溶ける。 私が伝えられなかった彼への言葉はきっと、 このグラスの中、中途半端な温度で消えていく氷のようだ。 「ごめん俺、気付いてないと思ってた」 「私も。気づかないふりしてて、ごめん」 わざと明るく振る舞う自分が嫌い。 悪くもないのに謝ってしまう自分が嫌い。 作り笑いが引きつって頬が痛い。 窓ガラスに映る私は、なんて酷い顔をしているんだろう。 雨が降ってきた。 傘、無いのに……最悪。 深夜のファミレス。 急な呼び出しは彼からだった。 彼の言わんとしていることに、私は三ヶ月前から気づいていた。 会う回数が減り、連絡が減り、 残業や接待という名の朝帰りが増えた。 抱きしめられた時の香りが違う。 キスの仕方が変わった。 行為の時間が減った。 女の勘、なんて全く必要がない。 紛れもない事実をただ、彼が勝手にぼろぼろと溢していっただけの話。 ここに来てすぐ、私が頭に思い浮かべたまんまの言葉を彼は口にした。 「他に好きな人が出来たから、別れて欲しい」 はい私、大正解。 「うん、知ってる」 「えっ?そ、そうだったんだ……」 どこ見てんの? 目、泳いでますよ。 端から見ても彼は明らかに動揺していた。 そして冒頭の、あの言葉。 私は出来るだけ平静を装いながら、溶けかけの氷を無意味にストローでかき混ぜる。 からん、からん。 ガラスを叩く雨粒と混ざりあったその音は、残念ながら二人の沈黙を掻き消してはくれなかった。 彼は、私の返事を待っている。 ここで嫌だと言ったら。 泣いてすがってみたりしたら。 彼はどんな反応を見せるんだろうか。 深呼吸をひとつ。 顔を上げ、彼を見つめる。 「分かった。別れよう」 結局出た言葉は、自分でも驚くほどに呆気なく冷静なものだった。 笑顔なんか作って見せたりして。 こんな時、こんな相手にさえも気を遣ってしまう自分に嫌気がさす。 平気なふり。 物分かりのいい、器の大きな女性のつもり。 全ては彼のため。 彼に愛されるための仮面。 彼のいう言葉、当てたくは無かった。 こんな虚しい正解は要らなかった。 からん、からん。 浮気に対する怒りよりも、彼を諦めなきゃならない悲しさ。 自分を選んで貰えなかった虚しさ。 浮気発覚から三ヶ月という期間が、私から彼を責める気力と体力を奪った。
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