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申し訳なさそうに頭を下げる彼。
数秒後、頭を上げたその視線の先には店内の壁掛け時計。
先程からちらちら、時間ばかり気にしている。
「悪かった」
「もういいから。新しい彼女のとこ行きなよ」
早く帰って。
平気なふりするのもつらいんだよ。
「……送ろうか?雨降ってきたし」
中途半端な優しさ、今更出してきますか?
「大丈夫。走れば五分で着くし」
投げやりに吐き捨てた私の言葉に、一瞬だけ彼の頬が弛んだ気がしたのは、見なかったことにしよう。
これ以上、傷つきたくはない。
「あ!じゃあ俺、奢るから」
じゃあ、って何よ。
慌てて財布を探る彼。
たった一枚の千円札さえ、出すのに手こずっている。
動揺は指先にまで、如実に表れているようだ。
そっか。
動揺するほどには私への罪悪感、持っていてくれてたんだね。
千円分の、罪悪感を。
「ねぇ、もういいよ」
「よくない」
やっと取り出した千円札をテーブルに置き逃げるようにして去っていく彼の背中を見届けたあと、ようやく私は強張った作り笑いをゆっくりと解くことができた。
やっと終わった。
もう物分かりのいい彼女を演じる必要はない。
……なんて強がる必要も、もうないんだ。
さぁ、これからどうしよう?
とりあえずこれから溢れ出るであろう涙は雨が流してくれるからいいとして。
問題は明日の朝だ。
腫れた瞼を冷やして、メイクで隠すために早起きしなきゃならないじゃないか。
……最悪。
グラスを瞼に軽く押し付けて、私は少し泣いた。
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