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思い返してみればおかしな出会いにおかしな住居だ。
そんなところに住むなんて言った俺も俺だが……。
思い出に浸りながら風呂を出る。
「ねぇ、あんさん」
美月は真剣な表情で俺を呼ぶ。以前美月に、名前を教えるつもりがないと言ったら『暗殺者のあんさんって呼ぶ』と言い出し普段はそう呼ばれている。
「なんだ?」
「あんさんはさ、暗殺のための恋人作ったことある?」
「そんな事はよくある。ターゲットの娘とか友達とかな」
俺は思い返しながら答える。
「じゃあターゲット自身と恋人になった事は?」
おかしなことを言う。
「俺の売りは射撃スキルなんでな。そんなハニートラップみたいな事はしない」
「そっかー」
美月は宙を見る。無表情という訳では無いが、その顔からは何を考えているのかまったく想像がつかない。
「あのさ、私の事殺せる?」
「は?」
「ちょっと殺してみてよ」
美月はそう言って俺にナイフを握らせる。重さからして本物でない事はわかる。
俺はナイフを振りあげた。すると思考回路が高速で回り出した。
こいつがいなくなったらここをひとりで自由に使える。でもあったかいごはんは作られていない、風呂も自分でやらないといけない。掃除ってどうやる?こんな広いのにひとり。ひとりは寂しい。
寂しい。
おもちゃのナイフが俺の手から滑り落ちる。
「無理だ、殺せない」
「なんで?」
「どうやらお前に手なずけられたようだ」
俺がそう言うと、美月は満足げに笑った。
「それはよかった。これからもネタ提供頼むよ。ところで今日の夕飯はトマトソースハンバーグだ」
夕飯が好物だと知って、俺は口角を上げた。
あぁ、こうやって手なずけられたんだな……。
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