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初秋の空は、鮮やかなオレンジ色に暮れ始めていた。店の外のひな段に並べてある可愛らしい寄せ植えが、水を与えられきらきらと輝いている。尚樹はその様子を満足げに眺めてから、ジョウロをひな壇の後ろに戻した。これで開店前の準備はひと段落。あとは店の中に戻り、水揚げの際に大量に出た葉や枝をゴミ袋に詰める作業が残っている。
三山はレジ横のカウンターで店番をしながら店頭用のミニブーケやアレンジメントを作っていた。尚樹が横を通り抜けバックヤードに向かおうとすると、「いらっしゃいませぇ」と声をあげた。尚樹のすぐ後から客が入ってきたのだろう。振り向き同じように「いらっしゃいませ」と言い掛けて固まった。
「あらっ? 昨日の新田くんのお友達?」
そこには大沢が立っていて、ばっちり目まで合ってしまった。三山が何か話しかけている声も、もう耳に入らない。
大沢が来るかもしれないと思い里中たちの誘いも断ってきたというのに、実際こんなにすぐに現れるとは思っていなかった。
「よう、なんだその鳩が豆鉄砲くらったような顔は。また来るって言っただろ?」
「う、うるせぇな。今日はなんだよ」
ぶっきらぼうにそう言い捨て、慌てて目をそらす。
「今日はファーストキスないのか?」
大沢は花筒の花を一通り見回してから首を傾げた。一瞬どきりとするが、すぐにバラの事だと気づく。
「あれは、なかなか出ない品種だから昨日で売り切れ。今日は置いてない」
ファーストキスと口にするのが躊躇われて、つい「あれ」とぼかしてしまう。
「そうか、気に入ってたのに残念だな。ファーストキス」
耳元で囁くように言われ、かぁっと頬が熱くなった。
(絶対、わざとだ――)
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