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「えぇ、バラの花束を作ってもらいたいんですけど。予算はこれで」
大沢も何事もなかったかのようにそう言うと、ジーンズの尻ポケットから無造作に一万円札を出した。カウンターの上に並べられた札は三枚もある。
「わ、三万円ですか。ちょっとお待ちくださいね!」
店長の佐倉を呼んでくるのだろう。三山は緑色のエプロンを翻し、ぱたぱたと奥にひっこんでいった。三山も花束を作る技術は持っているが、金額が金額だけに失敗は許されないと尻込みしてしまったらしい。
取り残された形になってしまい、急に気まずい空気が流れる。
三万円のバラの花束だなんて、大沢は一体どうするつもりなんだろう。やっぱり、恋人へのプレゼントだったりするのだろうか。そんな事を考え、ちくりと胸が痛んだ。
おそるおそる目を上げると、大沢はまだ尚樹を見下ろしニヤニヤと笑っている。
「……二人っきりになったことだし、抱擁の続きするか?」
「誰が、んな事するか! バカじゃねぇの!」
わざとらしく両手を広げて見せた大沢を放っておいて、尚樹は先ほどまでの作業を再開させた。早く花たちに新鮮な水を飲ませてやりたいというのもあったが、大沢の顔をまともに見られない。
「変わってねぇな、尚樹。カワイイ顔してるくせに、口だけは悪い」
大きな手がくしゃりと髪を撫でた。あの頃の懐かしい感覚がじわんと甦り、尚樹をやるせない気持ちにさせる。
「う、うるせぇな。離せよっ」
振り払おうと頭を左右に振ると、大沢は「ちぇっ」と軽く舌打ちをしてすぐに手を引っ込めた。
(あ……)
大沢と久しぶりに再会できて嬉しい癖に、すぐにこんな憎まれ口を叩いて誤魔化してしまう自分が情けなくて、尚樹は唇を噛みしめた。
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