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大沢が尚樹の前から突然姿を消してから、はや三年。会ったら言ってやろう、聞いてやろうと思っていたことが山ほどあった。それなのに、いざ本人を目の前にすると言葉が何も浮かんでこない。それどころか、心臓がばくばくと早鐘のように打ちつけて、目すらまともに合わせることができないのだ。
「いらっしゃいませ。バラの花束、ですね? お色とかどういった雰囲気がいいとか何かご希望があれば」
奥の事務所から佐倉が出てきて、いつも通りの優雅な物腰と優しい笑顔で、早速大沢を相手に接客を始めた。
「それを中心に、あとは適当に見繕ってもらって構いません」
大沢は、尚樹が水切りを済ませたファーストキッスを指差した。先ほどの話が頭を過ぎり、また尚樹は頬を赤く染める。
「こちらですね。かしこまりました。少々お待ちください」
佐倉はずらりと並んだ花筒からファーストキッスに合わせる花を選び出し、てきぱきとまとめ始めた。尚樹が作業の手を休めないままちらりと様子を盗む見ると、大沢は佐倉が花束を作る様子を興味深げに眺めている。
よく見れば、大沢の姿はあの頃より少し大人びているようだった。髪も伸びて、男らしい顔にシャープな影を落としている。その髪は少しくすんだ色に染められているし、服装は黒のナイロンのトラックジャケットにルーズなジーンズと、いわゆるストリート系だ。指にはごついシルバーの指環まで嵌めている。
「お待たせいたしました。こんな感じでいかがでしょうか?」
佐倉が差し出した予算三万円のバラの花束は、かなりの大きさになっていた。だが、佐倉らしくとても清楚でそれでいて華やかな仕上がりだ。
「素敵ですね。これで構いません」
「ありがとうございます。それでは、これでお包みしますね」
佐倉がセロファンとリボンで花束を仕上げる間に、三山が会計を済ませ領収書を切った。
「じゃあな、また来る」
大沢はまるで高校時代の続きのように軽く手を挙げると華やかな花束を抱えて去っていった。
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