第三章

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第三章

 講義の終了を知らせるチャイムが鳴り響き、尚樹はふっと意識を浮上させた。そこで初めて、自分が眠ってしまっていたことに気づく。  昨晩はあんなに疲れていたにもかかわらず、ベッドに入ってからも大沢のことが頭を離れずなかなか寝付けなかった。それなのに、起きていなければいけない講義中に限って眠気が襲ってくるのだから不思議なものだ。  教室はばたばたと騒々しい空気に包まれている。午前中最後の講義。腹を空かせた学生が学食に向かおうと、次々に出口に吸い込まれていく。机に頬をつけ、くったりと突っ伏したまま、尚樹はその様子をぼんやりと眺めていた。 「新田ーっ」  突然、のしっと背中にのしかかられた重みに尚樹の口から「ぐえっ」とマンガのような呻きが漏れる。 「昼飯くいに行こうぜ!」  腕を引かれ身体を起こすと、同じ理工学部の里中が満面の笑みを尚樹に向けていた。 「里中、お前なぁ……」  里中とは講義で一緒になる機会が多く、気がつけばいつの間にか懐かれてしまっていた。くりくりとした黒目がちな瞳がとても愛嬌があり、見た目も「懐く」という表現がしっくりくる子犬のような印象だ。尚樹もどちらかというと小柄で華奢だが、里中はそれに加えて童顔なのでさらに小さく見えた。 「新堀ぃ、お前保護者ならちゃんとこいつの手綱掴んどいてくれないと困るよ」  尚樹は、里中の後ろでジーンズのポケットに手を突っ込んだままニヤニヤしている男に声を掛けた。新堀は里中と違い身長も高く、それなりにがっしりとした身体つきをしている。顔立ちも整っていて、明るい髪の色と流行りの服装が嫌味なほどに似合っている。女にとてもモテそうなのに本人はあまり興味がないのか、いつも里中の後ろに護衛のように控えていた。 「わりぃな、サトは放し飼いなんだ」 「人を馬かなんかみたいに言うなよ。それより、今日のA定食明太コロッケなんだぞ! 早く行かないと売り切れちゃうぞ!」  この二人が前方の席にいるのは知っていたが、尚樹は講義開始直前に一番後ろの席にこっそりと座った。今日はなんとなく一人でいたい気分だったからそうしたのに、講義の後こうやってすぐに捕まってしまったのではあまり意味がなかったようだ。
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