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第四章
あの日も、今日と同じように澄み渡った空に傾き始めた太陽がオレンジ色の光を放っていた。
高校二年の初秋。その頃の尚樹は園芸部で花の手入れをしたあとは、大沢の部活が終わるのを待って一緒に帰るようになっていた。
帰り道にハンバーガーショップに寄ろうかコンビニに寄ろうかなどとぼんやり考えながら、誰もいなくなった教室で大沢を待つ。いつも通りの金曜日だった。
ガラリと扉が開く音に振り返ると、大沢が肩を落とし疲れきった様子で入ってきた。半袖の開襟シャツに黒の学生ズボン、肩には大きなスポーツバッグ。他の学生達となんら変わらない出で立ちなのに、不思議と大沢の姿は大人びていて哀愁を背負っているように見えた。顔を洗ってきたのか、前髪についた水滴がきらきらと光っている。
「大沢、お疲れ」
大沢は無言のまま思い詰めた表情でゆっくりと尚樹に近づいてきた。その様子からは何かいつもとは違うただならぬものが感じられた。
「……どうしたんだ? 何かあったのか?」
何も言おうとしない大沢に、尚樹は少し心配になり椅子から立ち上がった。大沢の瞳はまっすぐに尚樹をとらえている。肉食獣に睨まれた小動物のように、足がすくんで身動きがとれない。
「お、大沢? ほんと、どうし……っん!」
いきなり腕をつかまれ引き寄せられたかと思うと、唇を塞がれた。それがキスだと気づいた時には尚樹は思い切り大沢を突き飛ばしていた。大沢はまるで抗うこともなく身を任せるように、椅子や机と共にガタガタと派手な音をたてて倒れ込んだ。
「なんなんだよっ! なんでこんな事するんだ!」
精一杯声を荒げたが、語尾が震えるのを止められない。
「悪かったな……」
大沢は顔をあげずぼそりと呟き、ゆっくり立ち上がった。そして、裾についたほこりをぽんとはたくと、そのままふらりと教室を出て行った。
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