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第五章
大学での講義を終えた尚樹は、すぐにバイト先の『フローリスト佐倉』に向かった。店に着くと、バックヤードでパソコンとにらめっこしている店長の佐倉に声を掛ける。
「おはようございます、店長。ちょっと聞きたいことがあるんですけど今いいですか?」
「おはよう、新田くん。どうしたの慌てちゃって」
佐倉はパソコンのモニタから目を上げると、ふわりと優しい笑顔を見せた。甘いマスクに、柔らかで穏やかな物腰。女の子なら誰もが頬を染める、王子様そのものの容貌だ。
「店長、この前俺の友達が来た時、『この会社はヤクザのフロント企業だ』って言いましたよね」
「あぁ、うん。言ったけど……」
余計な事を吹き込んでしまったという罪悪感があるのだろうか、目を伏せて言葉を濁す佐倉に、尚樹は構わず先を続けた。
「その会社、どこにあるか知ってますか? 俺、行ってみたいんですけど」
「え? 行くって、なんでそんな事」
佐倉はぽかんと口を開けて絶句した。
「どうしても会って話しがしたいんです。だけど、アイツの連絡先も何も知らないから」
「会社の場所はわかる。だけど、彼がそこに毎日通ってるとは限らないよ? それに、近辺をうろついたりするのは、あんまりオススメできない」
「でも、手がかりはその会社しかないし、可能性があるならそれに縋ってみたいんです。このまま何もしないで会えなくなるのだけは、絶対に嫌なんです」
高校生の時は、いきなりキスされた事や大沢が顧問の教師を殴った事、学校を辞めるという事など衝撃的な問題が一気に押し寄せてきて、そのショックから抜け切れずおろおろしているうちに、会うチャンスを逃してしまった。何の手がかりもなく、ただ「二度と大沢には会えないのだ」、という事実だけが心に重くのしかかった。
尚樹はそんな後悔と自己嫌悪ばかりの日々を、二度と繰り返したくなかった。それならばいっそ、傷ついてもいいから精一杯自分のできることをしようと決めたのだ。
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