第二章

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第二章

 ぱちりと玄関脇のスイッチをつけると、青白い人工的な光が殺風景なダイニングキッチンを照らし出す。尚樹はスニーカーを脱ぎ、一人用の小さなダイニングテーブルにバサリとコンビニの袋を置いた。そして、そのまま奥のリビング兼寝室に向かう。 「ただいま」  掃きだし窓の半分をつぶして置かれたスチールラックには小さな鉢植えがいくつか並んでいる。そのひとつひとつをじっくりと慈しむように観察し、どの鉢も瑞々しい葉を湛え生き生きとして特に問題がないのを確認してから、メッセンジャーバッグを肩から下ろし無造作にフローリングの床に放り投げた。 「疲れた……」  どさりとベッドに転がり、はぁぁと盛大に溜め息をつく。壁に掛けられた時計に首をめぐらすと、時刻はすでに午前零時を回っていた。身体が泥のように重い。このまま何もかも放り出して眠ってしまいたい衝動に駆られる。  こんな時、つくづく花屋の仕事は体力勝負だということを思い知らされる。一本一本は可憐な切花も何十本と束になるとかなりの重量だ。それを水が入った花筒にいれ日にいくつも移動させたり、豪華なアレンジメントにして近隣の飲み屋に配達したりしていれば、華奢な尚樹でなくとも疲れて当然だろう。常に水や植物に触れているせいで手荒れもひどい。もちろん、自分が好きで選んだバイトなので文句を言うつもりはないのだが。  大学に入りたての頃、尚樹は植物に触れ花や土の香りに包まれる時間を持てるバイトを探した。最初はガーデニング店でのバイトも考えていたが、最終的には「フローリスト佐倉」で働くことを選んだ。  「フローリスト佐倉」は歓楽街にあるため、扱う商品は華やかな切花やアレンジメント、胡蝶蘭の鉢植えなど水商売向けを意識したものが多く、グリーン系や家庭でガーデニングを楽しむための苗鉢などはあまり置かれていない。尚樹は切花より、土に植えられた植物を育てるほうがどちらかというと性に合っているのだが、その辺は妥協せざるを得なかった。
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