失う者達

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声を失ってから7年と2ヶ月。 今でも鮮明に思い出す夏の夜だった。 暗い路地からまっすぐに、閃光が向かってきたと思ったときにはすでに遅く、目が眩むほどの光に包まれたと思えば痺れるような痛さと声にならない衝撃が走った。 意識がなくなっていたらしく、病院で目が覚め時、すでに声は失われていた。 声が出ない。その状況を飲み込むのは早かった。声を出そうとすると言葉として形成されなかったものが空気として通りすぎていく。両親や周りは涙を流し悲しんでいた。僕はというと正直不便だな、と思ったくらいで悲しみや辛さは感じなかった。言葉を伝える方法はなんでも存在するし、自分の声色に魅力を感じたこともなかった。 あの衝撃で自分の声色は覚醒したのかもしれない。ここではない、きっとこの先の、果ての先が私の居場所なのではないか、と。目を覚まし、僕からの旅立ちを決めたのかもしれない。それはそれでいい。この世界のどこかで自分ではない誰かが、自分の声色(だったもの)を紡いでいく。素敵なことではないか。 あの日から言葉を伝えるのは携帯でメモを打つか、紙とペンで書くかが主となった。 思ったよりすんなりと物事が運び、今年から社会人として働き先も決まった。 そこでこの機に実家を出る決意をしたのだ。家族はとても心配をしてくれたが、僕の決意は固かった。 僕は一人暮らしではなく、お金が貯まるまでルームシェアをしようと思っていた。とはいえ、掲示板やSNSで募集をしてみてもなかなか引っ掛からず半ば諦めて一人暮らしにしようとしていた。 しかし、ある日ついに申し出があった。 "はじめまして。花枝 葵(はなえだ あおい)といいます。ルームシェアの募集拝見しました。 僕は今18歳で、来年度から仕事が決まり家を出ようと思っていたところ、募集されているのを見ました。まだ未成年でご不安かもしれませんが、お金やその他取り決めはきちんと守りますので、よければルームシェアしていただけませんか。 よろしくお願い致します。" まず綺麗な名前だと思った。 "そして、僕は耳が聞こえません。もし声を必要としておられるなら申し訳ございません。それも踏まえご検討下さい。" さすがに驚いた。声を形成できない者と、声を溢してしまう者。不思議な巡り合わせだと思った。
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