失う者達

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音を失って3ヶ月と少し。 街中は雑踏だらけで、喧しく、だけどもこれが日常で、これからも日常としてこの音の中で生きていく。そう思っていた。 ある日、耳鳴りがしていた。特に気にすることもなかったのだが、一向に止まず目眩と吐き気が襲ってきた。そこからの意識はない。 目が覚めると真っ白な天井と壁。見渡す限りの白だった。そして、無音の世界だった。異空間にでもいるような、そんな気分だった。 肩が揺すられていることに気付き、そちらに顔を向けると、母が口元を動かしながらこちらを怪訝そうな顔で見ていた。僕はすぐに悟った。声が、聞こえないことを。 ベットサイドにあった携帯でメモを開き "耳が聞こえない" と打ち、母に見せるとさらに顔を歪ませ病室を出た。しばらくして医師と母がやって来てこちらを見ながら何か話している。けしていい内容ではないことは二人の表情で分かった。 僕はわりとすぐに退院した。音のない世界は不思議な感覚だった。僕からすると非常にアンバランスな世界だ。 目に見えるもの、触れるもので理解する。そう、理解は出来るのだ。音がなくてもこの世の中は随分と優しい。では、今まで聞いていた音の役割はなんだったんだろう。僕の耳が先に疑問に思ったのかもしれない。私が音を聞く役割は?と。そして消えた僕の聴力。消えてしまったものは仕方ないから、せめてどこかで僕が見つけられなかった役割を見つけてほしい。もう少し欲を言えば僕の聴力(だった)が、果てのどこかで誰かの聴力となり、音のある世界が素晴らしいものだと、僕には見出だせなかった結論を導いてほしい。
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