失う者達

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僕に突出した能力があった。視覚。表情とはこれほどまでに豊かだったのかと道行く人誰しもに思う。特に母は顕著だった。 もともと母とは折り合いが悪かったが、聴覚を失ったことにより更に悪化した。あの日から歪んだ母の顔しか見ていない。今では口の動きからおおよそ何を話しているかが分かるようになってしまったから、母の僕に対する罵倒ももちろん分かる。 母からは外出を禁止された。高校も退学手続きがされていた。友人は心配し連絡をくれていたので高校に通えないことに寂しさはなかった。 僕は急遽、来年度から働ける仕事を探した。SNSで募集していた、とある施設で製菓を作る仕事があり、来年度までに指文字か手話をある程度覚えることを条件に採用してもらえることになった。 そして僕はこの家を出ることにした。恐らく僕にとっても母にとってもいい選択だろう。 だが、いきなりお金がほぼない状態で一人暮らしをすることは難しい。ダメ元でパソコンを開き、ルームシェアを募集していないか見て回った。 すると、1件の募集が目に止まった。 "【ルームシェア募集】 23歳男性、ルームシェアをしてくれる方を探しています。 都内で金額、場所は応相談。年齢は18歳以上の方で、性別は問いません。 また、僕は声を発することが出来ませんのでご了承いただける方でお願い致します。"
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