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 とはいえ自分は子連れではない。どちらかというと童顔のほうではあるが、さすがに小児患者と思ってもらうには無理がある。そもそもスーツだ。  もう一度きょろきょろと辺りを見回してから、磨りガラスに真鍮のドアを押し、忍者のように素早く体を滑り込ませた。  幸いなことに、待合室に他の患者はいなかった。受付カウンターの手前に「初診の方はこちらの問診票にご記入の上、受付まで提出してください」と大きく書かれたかごがあり、用紙が入れられている。なるほど、極力あいつのことを――頭文字Dのことを、口にもしないで済むようになってるわけか。さすがのホスピタリティだ。  ネットの書き込みが正しかったことに感謝しつつ用紙を記入し、ベテランふうの女性看護師がいるカウンターで受付を済ませると、すぐに診察室に呼ばれた。  全体的にレトロな雰囲気の医院だが、通された診察室の医者のデスクにはちゃんとパソコンのディスプレイが乗って、さっき記入した簡単な問診票の内容ももうそこに表示されているようだった。 「どうぞ」  耳に心地良い、低めの声に促され、腰を下ろす。回転椅子が揺れ、その衝撃でDが少し痛んだ。意識し始めたのが今日の昼からだが、それまで母の死で落ち込む自分の中で勝手に育っていたのかと思うと腹立たしい。  ディスプレイを覗き込んでいた医師がこちらを振り返る。
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