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 もっさりしている、というのがその医師の印象だった。  癖のある、長過ぎの前髪は完全に目を覆ってしまっているし、白衣の下に着ているのは見間違いでなければスウェットで――ことによるとどうも診察室につながっているらしき母屋でさっきまで寝ていました、といった風体。立ち上がったら、中肉中背の自分よりきっと十センチは上背があり、肩周りの筋肉なども鍛えているように見えるが、瞳の生気が確認できないせいだろうか、逞しい、という第一印象にはならなかった。  覇気のない熊、ってところか。  ふと見るとデスクに置かれた左の手の甲に、ひきつれたような跡があった。甲の左上から右したまで、斜めに走る傷跡だ。いったいどういうわけでそんなところにそんな傷がつくのか。見た感じ古い物のようだから、医者になる前の実習ででもついたのだとしてら、その後の技術の向上が順調だったのか気になるところではある。それになにより。 「あの」 「――なにか」 「えっと、年配の先生だって、ネットで」  万が一にも女医などにあたらぬよう、そこのところはよくよく調べたのだ。 「たぶん、父ですね。数年前に亡くなって、今は私が」 「そうですか……」     
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