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   春は出会いと別れの季節であると言うけれど、今年、一ノ瀬蓮(いちのせ れん)の身の上には後者のほうがより多く巡ってきた。  まず、母が死んだ。  進行の早い癌だった。打ち明けられたときすでに余命はわずかで、いったいどうしたら、と途方にくれている間にみるみると衰えて、あっけなく。  母の人生は、あまり幸福でなかったと思う。  アルファの父とオメガの母が出会って恋に落ちた。母が子どもだった時代にはまだオメガ差別が残っていて、属性を超えた結婚はあまりなかったと聞いている。  そんな今よりも差別の厳しい時代だったが、幸いにも父の両親、つまり蓮の祖父母に当たる人たちは、ふたりの結婚に反対しなかった。五歳までしか一緒に暮らさなかったが、陽当たりのいい広い芝生の庭でよく遊んでもらったのをなんとなく覚えている。蓮が走り回って祖父母たちを振り回すのを、両親が微笑んで見守る。父の顔はもうよく思い出せないが、蓮の姿を目で追いながら、ときどき隣りにいる母と視線を交わし合う睦まじい雰囲気が、今でも柔らかな日差しの感触と共に記憶にあった。  問題は、父の姉だ。     
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