3.川村真奈美

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 夕食は、まるで一人でいただいているかような静けさだった。普段なら、どちらかが話題を出し、それについて会話しながら過ごす賑やかな時間。けれど、今日は明らかに強志の様子がおかしい。  強志が何も話さないから、テレビの中の笑い声だけが食卓に響き渡っている。目もそらし気味で、難しい顔でテレビ画面を見入っている。話しかけても上の空で、私の言うことを何度も聞き返すなど、実にわかりやすい動揺ぶりだ。  そんな強志の姿に、私は達成感を覚えた。痛快とはこういうことを言うのだろうと思った。こんなにも自信を失った強志を目の当たりにしたのは初めてで、落ち込んでいた気分もほんの少し上向いたような気がした。  強志は言い訳もしなければ、あの音声データを得た方法について問いただすこともなかった。素直にごめんなさいを言える方ではないから、私が詰問しなければこのままフェードアウトしてごまかすつもりなのかもしれない。  パソコンを開き、見慣れないデータの正体が何なのかわかった瞬間、強志はこの上ない恐怖を感じたことだろう。まさか、私がそんなことに気がついていて、あんなことを仕掛けてくるなんて、これっぽっちも思っていなかっただろうから。しかも、あのことについていつ私が口を開いてくるか、この先ずっとおびえていくことになる。あれだけはっきりと他の女性と関係を持ったことの証拠を突きつけられては逃げ道もない。私に上手を取られることはおもしろくないはずだ。苦虫を噛みつぶす思いで毎日を過ごしていくことになるだろう。  思いがけない爆弾にぐったりと疲れ、せめてゆっくり眠ろうと寝室のドアを開けたら、もう一つトラップが控えているなんて想像しているだろうか。新品になっている寝具一式のカバーと、部屋の隅にわざと置きっぱなしの、ゴミ袋に丸められた昨日までのカバーを見たら、いくらハートが丈夫な強志でも「買い換えたの?」とはまさか言えるまい。  新しくなったカバーに包まれて、強志はどんな夢を見るのだろう。

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