4.川村強志

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 うろたえてはいけない。わかっていても、なにも手に付かない。テレビの音も全然耳に入らないし、どんな会話をすればいいのかも思いつかなかった。意識的に目をそらしたが、真奈美が小さな咳払いをしただけでビクリとする有様だ。  手持ち無沙汰で風呂に入ったものの、烏の行水にはそれほど時間もかからなかった。すぐ戻る羽目になったリビングはどんよりとした空気が漂ったままで、思わず顔をしかめた。いたたまれず、その空気をかき混ぜるようにバスタオルで激しく頭を拭いた。 「私もお風呂入ってくる」  真奈美がパタパタと足音を立てて廊下に向かって行くのが聞こえた。ドアが閉まったのを確認すると、ソファで大の字になって大きく息を吐いた。真奈美に対してこんなに緊張したのは初めてのことである。  ピリピリされても辛いものがあるが、笑顔を見せられるのはその何倍も恐怖に感じる。嘘がバレているというのに、なぜ笑っていられるのだろう。それに、嘘がバレているとわかっている相手に、平然と涼しい顔で嘘をつき続けるというのも、精神的にかなりのパワーがいるのだとわかった。生殺しのようなこの環境で、いったいこの先どうやって過ごしていけばいいんだ。いっそのこと、怒って実家に帰ってくれた方がやりやすいというものだ。こんな状態では謝るきっかけも見つからない。
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