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その男は、キッチンの床に体育座りをして、じっと僕を見ていた。
こちとら排泄の真っ最中なので、あんまり凝視しないで欲しい。
出るものも出ないって感じなんだけど。
外の世界で生きていた頃も、用を足す時に周りをよく警戒したものだけど、それとはまた違った居心地の悪さなんだよな、と砂をかけながら思う。
トイレから出てきても、男があいかわらず感情のない顔で僕を見てくるので、見るなってば! と牙をむいてやった。
白くて長いしっぽがぴんと立つ。
「あ、玉之助、トイレしたんだね」
リビングの奥のほうから、黒のトレンチコートを羽織りがけで晶子ちゃんが現れる。
忙しそうだからどうかとも思ったけど、僕は我慢が効かず訴えた。
晶子ちゃん、晶子ちゃん、僕やっぱりこの人嫌だよ、返してきてよ。
「あ~、ごめんごめん。布団だけ干しちゃう。せっかく天気いいからさ。終わったらトイレ掃除してあげるから、ちょっと待ってて」
晶子ちゃんの朝は、いつも慌ただしい。
外でバリバリ仕事をしながら、ひとりで家のことも全部やらなきゃいけないから、しかたのないことだとは思うけど。
ここ数日は、この男が転がり込んできたせいで、さらにこの男の世話もしなきゃならなくなった。
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